脱法ハーブ、飛び降りの小山田壮平、ASKAと交流を持ち危険な方向へ?

2007年から2014年までAndymoriのボーカルとして活動し、

現在はALのボーカル兼ギターリストとして活動している小山田壮平さん。

過去には飛び降りや脱法ハーブ使用という経歴をお持ちですが、

今回、自身のブログ「OYAMADASOHEI」を通して

チャゲ&アスカのASKAさんと交流していたことがまた話題となりました。

今回は脱法ハーブ使用の経緯や飛び降り事件、

またASKAさんとの交流について調べていきます。

脱法ハーブ使用の経緯

OYAMA

2012年11月1日午前11時半頃に、渋谷区渋谷のホテルで

脱法ハーブを使用していたとして警察に保護されました。

暴れている男性がいると119番されたようです。

刑事処分はありませんでしたが、脱法ハーブは危険性が高い薬物とされています。

小山田さんご本人も「大変なご迷惑、ご心配をおかけしてしまいごめんなさい。今後、このような行為はいたしません」と謝罪を発表しました。

飛び降り自殺未遂事件

2013年7月4日午前9時頃、約4.5mの硬さから河川に飛び降りました。

小山田さんはこの際に重傷を負い、緊急医療センターに搬送されたようです。

命に別状はなかったものの、頭部外傷や頚胸推損傷、また何箇所か骨折もしていて診断は「多発外傷」でした。

完治するには数ヶ月におよぶ治療やリハビリが必要だったため、

予定されていたイベントやライブが全て中止・キャンセルになったことをオフィシャルサイトで発表。

河川に4.5mと聞くとそんなに高くないと思うんですが、

かなり重症を負っていますよね。川が浅かったんでしょうか?

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ASKAとの交流の全て

ASKA

オフィシャルブログ「OYAMADASOHEI」にて

2016年11月29日火曜日「LOVE SONG」と題したブログが投稿されました。

ASKAのLOVE SONGを聴いて何度も泣いた。これは、人を愛することの美しさを掴んだ人にしか書けない曲だ。人生は大変だけど、人間のこういうところが好きだから、なんとか踏みとどまって生きていけるわけだ。
だからASKAが救ってきた命が無数にあるんだよ。
 
寛容さって本当の孤独を知らないと持ち得ないものなんだよ。
 
野次馬がニュースを消費しながら善悪を語るけど、彼を追いつめるものはなにか。
もっと本質的なものを見ていかないといけない。君も僕も。

引用:OYAMADASOHEI

このブログをASKAさんは元々読んでいたのか、もしくは友人にASKAさんのことが書いてあると聞いてみたのかは定かではないですが、これに対してASKAさんもブログを投稿しました。

2017年1月9日「小山田君、ありがとう」

若い世代の音楽に疎い僕だけど、君の歌は知っています。

君の発した(敢えて発したと言う)繊細な言葉のファンであることを述べておきます。

「革命」

は、本当に素晴らしい。

これから、どこに向かって流れていくのかわからない音楽業界。

しかし、僕には音楽業界が向かわねばならない、いや、アーティストが向かわねばならない場所が少しだけ見えています。

音楽には国境がないと言います。

僕らは、それを肌で体験してきました。

例え、音楽に世代観はあっても、

線のように区切られた世代というものはありません。

気持ちの良いものを気持ちがイイと素直に思える心に、

「音楽の生まれる」「音楽を生む」

季節、風景、風が備わっているのだと思っています。

いつか、語り合いましょう。

それが、公の場所でも、隠れ家のような場所でも構わない。

僕は、あまり公開反省はしたくありません。

反省と努力は見せるものじゃない。

やがていつか、ひとつを形成したときに、形成することができたときに、

それを語られるように、生きて行きたい。

僕は、若いミュージシャンと出会ったときに、必ずこの言葉を投げかけます。

「一緒に、頑張りましょう。」

一緒に、頑張りましょう。

ASKA

引用:aska_burnishstone’s diary

そして同日に「ASKAさん」と投稿された小山田さんのブログがこちら。

びっくりしました。

メッセージをありがとうございます。

幼い頃、物心がつく前の、ぼんやりとした景色の中で”SAY YES”を聴きました。

童謡の”チューリップ”や、”シャボン玉”なんかと同じ時期に、それはざわざわとやってきました。

それから、色んな曲を覚えて、歌って。

姉と一緒に、彼女のピアノでよくハモって歌っていたのが”PRIDE”でした。

他のどんな歌よりも綺麗にハモることができたので、二人の十八番になりました。

いつも最後は”PRIDE”を歌えば幸せだった。

小学生二人があの曲を、ウキウキしながらハモっているのを、今考えるとちょっとおかしいんですけど(笑)

姉は24才でこの世を去ってしまいましたが、あんなに幸せな思い出を、僕らに残してくれたこと、本当に感謝しています。

そして今も変わらず、あなたの音楽にたくさんの喜びをもらっています。

音楽にとって、どんな場所が理想なのか、よく考えます。

そこは、ASKAさんの言うように素直で、疑いがなく、穏やかな場所。

誰も傷つかないのに、エネルギッシュで自由な場所。

そんな場所なんじゃないか、と。

考えるほど難しいけれど、ひとつひとつ出会える輝きを描いていくことで、理想をたぐりよせていけたら、と今は思っています。

いつも悩みながら、酔っ払いながらですが。

ASKAさんの感じたことを、音楽を、あなたを待っている多くの人たちと同じように待っています。

あなたは僕の特別な人です。

いつかお会いできる日を、楽しみにしています。

2人とも音楽の道を進む方ですし、独自の音楽性が評価され人気でもあります。

それゆえに通じるものがあるというのは考えられます。

しかしそれ以外にも「薬物使用」という経歴をお持ちの2人です。

「いつかお会いできる日を、楽しみにしています。」と綴る小山田さん。

この2人が直接会い、語り合い、何が生まれるのか。

少し不安に思ってしまうのは、私だけではないはずです。

小山田さんのプロフィールや亡くなったお姉さんの詳細はこちら。

小山田壮平のプロフィールと彼女。亡くなったお姉さんとその恋人。

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